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都市デザインを考えるセミナー(第1回)
shibuya1000の川添さんに学ぶ

都市デザインの新しい方法論

2019年4月26日
裾野市役所地下多目的ホール

渋谷という変わりつづけるまちで,変わらない魅力を発見・発信しつづけるshibuya1000。川添さんは,都市以外でも,できることはたくさんあるといいます。
建築家として注目され,その場所の背景にあるメカニズムを大切に,新しい建築をつくりだす川添さんに,shibuya1000が目指していること,都市をデザインすることについてお話しを伺いました。

川添 善行 様
建築家/東京大学准教授

1979年神奈川県生まれ。東京大学建築学科卒業、建築学専攻修士課程修了、社会基盤学専攻博士号取得。2011年より東京大学 川添研究室主宰。日蘭建築文化協会会長。株式会社空間構想一級建築士事務所アドバイザー。shibuya1000代表幹事。
代表作は「佐世保の実験住宅」、「弥生の研究教育棟」、「変なホテル」。主な著作は『空間にこめられた意思をたどる』(幻冬舎)、『世界のSSD100 都市持続再生のツボ』(彰国社)、『このまちに生きる』(彰国社)。日本建築学会作品選集新人賞、グッドデザイン 未来づくりデザイン賞などを受賞。

ただいまご紹介にあずかりました,川添と申します。よろしくお願いします。
お話を伺っていると再開して1回目ということで,映えある初回ゲストに選んでいただいて,ありがとうございます。
今日は,都市デザインを考えるセミナーというサブタイトルをつけていただきました。私自身がどういうことを考えているかということと,それを特に都市デザインという観点からお話しできればなと思います。
実は今日は,午前中都内の現場でしたが,そこから裾野に来まして,色々まちを歩かせていただいていて,その感想なども少し織り交ぜながら話を進めたいと思います。


川添研究室

先ほどご紹介いただきました通り,私は2011年に川添研究室というものを開かせていただいて,7年目になっています。
専門は,建築の設計ですとか,地域計画などです。
研究室にも,機会があればぜひ遊びに来ていただければなと思います。私どもは,もともと飛行機を造っていた施設の,風洞実験を行う部屋を改修した倉庫みたいなところで,日々仕事をしています。

どのような建築の設計をしているかといいますと,例えば,変なホテルという名前の変なホテルです。ロボットが受け付けするということで色々取り上げていただくことも多くて,この前,ギネス記録にも登録させていただきました。デザインをやっていてギネスに登録されるというのはなかなか不思議な体験ではあったんですが,この時の理由は,世界で最初のロボットがサービスするホテルということでした。今,ロボットというのは技術的にはできることもたくさんありますが,できないことも多いです。このホテルでは鍵を使わなくて済む,ということをやっています。エントランスでチェックインする時に顔を記憶しておくと,部屋の前についたカメラでその顔を認証し,ドアのロックが解除されるという仕組みです。実際にやってみると,エントランスは広い空間ですが,部屋の前の廊下は天井も高くないため,照明の当たり方や照度が違います。影の出方が違うと,まだ現在の技術では同じ顔と認証できません。大きな部屋でも小さな部屋でも同じような光の当たり方をしないといけないんです。そういうことは,顔認証の技術の人たちやカメラのメーカーの人たちがやるわけではなくて,建築の者が調整します。どういうところに光源があって,どこに人が立つとどういう影になるかというところまで計算して設計します。
他にも,チェックインする時にカバンを預けると,そのカバンを機械で部屋まで運ぶ仕組みもあります。これもメーカーによって可能な回転半径や進める角度がちょっとずつ違うため,必要とする床の素材もちょっとずつ違ってくるんですね。
そういうものを全部メーカーにヒアリングして,最後の建築の部分で調整するということをやっています。話題性はありましたが,建築的には結構難しいことがたくさんあるプロジェクトでした。

東大がおよそ100年ぶりに図書館を造りますが,その設計を担当しています。
今残っている本館,100年前からの図書館も改修していますが,図書館前広場の地下に新設した別館でやっているのは,本がない図書館というものです。元々の図書館というのは本がたくさんある場所ですが,これからの学びの場は,本にある知識を覚えるだけでは足りなくて,法学部の人と農学部の人と経済学部の人が出会った時に何ができるかというように,学部とか,教室とか,講義とか,そういうものを超えた場をどのように造るかというのが,私たちの大学で非常に重要になっています。
ですが,今,大学にある施設は教室や食堂などです。こういう会もそうですが,課外活動できる場所,それも単なる会議室というだけではなくて,同じような気持ちを持った人が集まって真剣に議論する場というのが,なかなか大学の中にはなかったんです。そこで,人と人とが出会い,議論していく場所というものを創っています。
別館は5月末くらいで工事が終わって,もうすぐお披露目になると思います。本館改修は少しずつ工区分けをして進めていて,2020年くらいまでの完成を目指しています。
割と図書館をやることも多かったですね。

地域の話でいいますと,大分県の竹田という古い城下町で,色々とお手伝いをしています。古い絵図を引っ張り出してきて,元々のまちがどうであって,今何が変わっているのかを調査しました。その手法として,集まった人が壁に直接,自分のまちへの思い入れを書き込んでいき,どのような場所に人々の記憶が多いかということを調べていきました。重ねていくと,だんだん濃くなる場所が,思い入れが多い場所だとわかってきます。まちの中で見えているものだけでなく,思い入れの量のような,濃淡をちゃんと見極めていくことで,どういうところから城下町を再生していけばいいかということを浮き彫りにしていきました。
夜になると人通りが少なくなることもあって,路線バスが通る道路を封鎖し,路線バスのルートも変更してもらい,まちの中で発表会をしました。
まちに少しずつにぎわいを創っていくということをやっています。

和歌山県の加太というまちでは,市長と研究室の分室の設置を進めています。研究室の分室を作り,様々な調査提案をしたり,地元の小学校中学校に特別講師じゃないですけれど,そういう形で教えに行ったりする枠組みを一緒にできないかと話を進めています。
地元の人たちが活動の際のお揃いのTシャツを用意してくれていて,我々がいくたびに歓待してくださいます。もう3年ぐらい継続しています。

最近は京都府の久御山というところでもお手伝いをしています。ここは京都府の中では比較的歴史が浅いんですが,浅いといっても1500年前ぐらいまで遡ることができます。色々とまちのことを調査して,それを地域の方に発表をしながら,茶室を造るというプロジェクトを進めています。


shibuya1000

今回は,shibuya1000というものに興味を持っていただいたようなので,私が渋谷でどのようなことをやっているかということを紹介して,そこから少し,徒然とお話しできればなと思います。
なぜ,渋谷のお手伝いをしているかというと,丸の内で行った展覧会を見た東急の方々が,渋谷でもできないかということで始まりました。
渋谷は今,駅前を再開発しています。小泉内閣時代の規制緩和により,容積率が緩和などされる都市再生特区制度で認定された街区になっていて,再開発のモチベーションが高まっています。駅周辺に高層ビルが何個も立ち上がる工事がすでに進行しています。現状でもビルがたくさん建っていますが,もっと大きなビルが建ち上がる計画です。
集合住宅がたくさん建設されれば,経済的な意味では良いかもしれませんが,渋谷の渋谷らしさというか,なんで渋谷が魅力的なのかということが置き去りになってしまうのではないかという危機感があります。新しい建物が出来上がってくるのは2020年以降ですので,10年間くらい,駅周辺は工事現場の状態が続きます。その10年間の工事現場の後にきれいなものができたとしても,渋谷らしさ,渋谷の意味みたいなものが失われてしまうと,誰も行かないまちになってしまうのではないかという問題意識です。そこで,shibuya1000という活動を,かれこれ9年ぐらい続けています。

何をやっているかというと,我々はアーバンエクスポ,都市博といっているんですけれど,まちの面白さそのものを見つけて,それをみんなと分かち合うような仕組みを創っています。
まちの面白さも学者の方々だけでやっていても面白くないので,例えばある年は,20人の写真家の方々に渋谷の人を50人ずつ撮ってくださいというお願いをしました。20人の写真家が50枚撮るので,1000枚になります。そうすると色々な人が撮れます。ある写真家はスクランブル交差点で撮りました。別の写真家は,渋谷で暮らす外国人を撮りました。さらに別の写真家は,渋谷で暮らすゲイのカップルを撮りました。写真家のテーマによって全く違う人の姿が浮かび上がってきました。それを1000人分並べると,渋谷にはこんなに色々な人がいるんだと分かるんです。丸の内や新宿などオフィス街だと写る人が少し均一になると思いますが,渋谷の多様性を表すことができました。

駅のコンコースで,渋谷の面白さを伝える展示を行ったこともあります。渋谷はまちの中心に駅があります。日本では駅がまちの中心にあることが多いですが,駅というのは交通の要衝なので,基本的には人が通り過ぎることを目的にしています。駅でたくさんの人が滞留すると困りますので,駅は人を流すための施設ですが,そこはちょっとおかしいなと思っています。古いヨーロッパのまちに行くと,真ん中には教会があることが多くて,その前には広場があります。まちの中心は,人が溜まる場所なんです。しかし,日本は近代化による鉄道の発達とその周りにまちが広がることがほぼ同時期に起こったので,まちの中心が駅ということが多いです。
地図を見てもそうです。まちの地図の真ん中には駅が描かれていることが多いです。まちの中心に人がいるはずなのに,駅という人がいてはいけない施設があります。その矛盾は常に私が感じていたことですが,駅の中で色々な展示を行うことで,駅という場所そのものに関心を持っていってくれないかということを考えました。少しずつ,まちの中心に興味を持ってもらうということを仕掛けています。


都市工学

私たちは,良い都市とはどういうことかということを常に考えています。その答えはまだ見いだせていませんが,今日のテーマでいうところの都市デザインと,その都市デザインの中で良い都市を造ることができるのかということは,すごく関係しています。
1962年というのは色々な出来事が起こっていますが,日本の都市の文脈の中ではすごく重要で,東京大学に都市工学科ができた年です。
それまでは建築と土木とがあり,土木が道路や橋などインフラを整備して敷地ができ,その敷地に建物を造るのが建築でした。62年に都市工学科がつくられた後,全国で都市工学科をつくるムーブメントが高まります。
都市というものをなぜこの時期に大事にしたかというと,環境問題,住宅問題,交通問題などといった都市問題が意識されるようになってきた年代だったからです。色々な専門分野が集まって,都市そのものを考えようとすることが始まりました。日本において都市というものを体系的に考えるようになったのは,およそ55年前が始まりです。
その当時,都市工学科の最初の教授である丹下健三さんが,1961年に「東京計画1960」というものを発表しました。東京湾に海上都市があって,そこには新しい交通システムがあって,新しい住まいがあって,第二の東京をつくっていくんだというコンセプトです。1960年代は,割と今まで見たこともなかった都市像をつくるとか,新しい技術によって何が生まれてくるかということを考えることが,都市デザインだと思われていた時期です。
ですが,正直こういうものへのリアリティは,もう50年の間にほとんどなくなってきていて,今の時代なりの都市デザインのあり方とはどういうものかということが,おそらく今日的な主題になってきているはずです。

先ほどのshibuya1000では,色々な人が集まってくる対話祭というものをやっています。
どういう人に来てもらうかというと,ある年には浜田ブリトニーさんをお呼びしました。浜田さんはタレントでもあり漫画家でもありますが,もともと渋谷にいて,コギャル文化にすごく詳しいんです。コギャルというと,ヤマンバギャルとなんでしたっけ,もう忘れちゃいましたけど,靴下の種類も違うし,お化粧の仕方もちょっとずつ違って,その生態がちょっとずつ違うそうです。私はギャル文化に詳しいわけではないので,あぁギャルだなとひとくくりにしてしまいますが,こういう方が見るとそこにも色々な種類があるそうで,それぞれにまちの中に適性の場所を見つけているそうです。それは都市そのものじゃないですか。
ある年には,社会学者の方や映像の方などをお呼びしました。また,ある年は有名なDJの方をお呼びしました。その方が言っていたこともすごく面白くて,渋谷にはクラブがあります。クラブでは,音楽がかかって人が踊りますが,その踊っている方々の反応を見て,曲のアレンジを変えるそうです。アレンジが受けたなと思えばそれでやるし,受けないなと思ったら少しずつ変えるんだそうです。そういう相互作用の中で音楽ができていくそうです。それは例えばクラシックとかとは違いますね。作曲家がピアノに向かって描いていて完成というものではなくて,DJが色々な曲をアレンジして,渋谷という場所でかけてみて,人々の反応を見てまた変える。彼らは,渋谷にもしクラブがなくなったら,自分たちの音楽はできないというんです。それも都市じゃないですか。
1962年に都市工学科ができたときは,都市工学なのでエンジニアがまちをつくることができると思っていたかもしれません。しかし,私がやりたいのはそういうことではなくて,都市というものはみんなで考えていくものであって,狭い世界で都市を考えないということです。
音楽の人だって実は都市とすごく関係していて,そういう意味で,漫画家でもいいし,タレントでもいいし,社会学者でもいいし,映像作家でもいいし,もちろん,建築とか土木の人がいて,都市を語り合う場をつくりたいということが,私たちがこのshibuya1000というものでやってきたことです。
shibuya1000では色々な方が色々な角度から渋谷のことを喋っているのですごく情報量が多いですが,もう過去何年か分,文字起こしして全部サイトに載せています。どうしてもこういうイベントってやるだけで疲れてしまいますが,毎年続けると,その情報がどんどんストックされていくんです。

単に都市を計画している人たちだけが渋谷のことを語るんじゃなくて,色々な角度から同じ渋谷というまちを語ることで,渋谷の情報量が増えていきます。
これは一般的に言われているんですけど,例えば風景がいいかどうかというのは情報量によるところがあるそうです。その風景に関する情報が多ければ多いほど,その風景を好きになる確率が高くなるし,単に知らずにきれいな山だなと感じるだけだと忘れやすいそうです。どうしてここにこの川があるのかという理由が分かると,その風景に対する好感度が上がるんですが,それと同じで,あるまちに関する情報を多角的なところからストックしていくことで,そのまちの印象を操作できるというのが,このshibuya1000でやっていることです。
この方法は,別に渋谷でだけできることではなくて,裾野なら裾野で,こういうメンバーでやるかは別として,展開できる方法です。まずはまちの情報を集めるということが一つのやり方としてあるし,それをイベント的にすることで,人が集まってくる状況を生み出せるのかなと思います。


都市デザインの方法論「1.場所の論理を探る」

もう一つのテーマである都市デザインについてどういうことを考えているか,少しお話しできればと思います。

私自身は都市デザインを考えるときに,3点,重要なものがあると思っています。
まず一つが,場所の論理を探りあてるということです。場所の論理とは,トポスと言ったりするんですけど,その場所がなぜそのようになっているのかという理由を探すことですね。shibuya1000でもやっていることですが,いくつか私の研究をご説明します。
まず一つ目は,竹富島です。
調査対象を選ぶときには大体理由があって,酒がうまいというのが必須条件です(笑)。なぜかというと,大体一週間とか二週間とか滞在しますので,お酒とご飯が美味しくないとモチベーションが下がってしまいます。ご飯が美味しいとか,お酒が美味しいというのは,人間の生存に直接関わっているわけではありませんが,大事なことです。そういうことを大事にする人たちというのは,まちを大事にすると思うんです。
例えば,雨が防げればいい,風が入ってこなければいいということだけであれば,もしかしたら味気ない建物になってしまうかもしれません。でも,自分が豊かな空間に暮らしたいとか,先祖代々使ってきたものは大事に残したいとかという気持ちと,ご飯を美味しく食べたいとか,お酒を,別に高くなくていいので美味しく飲みたいとかという気持ちは,ルーツが同じ気がしています。だから私は,お酒が美味しいところで調査することにしています(笑)。竹富島も,泡盛がとても美味しい場所です。

集落に入っていくと,道は珊瑚の砂で,珊瑚の石垣が並びます。ひとつひとつの建物は緑に覆われています。赤瓦とブーゲンビリアが咲いているのが特徴です。
研究ですので,この時は仮説をつくりました。竹富島は,台風が直撃することが多くて,秒速50mくらいのすごい勢いがある台風が直撃します。一方で,亜熱帯の気候ですから暑いです。さらに,文化庁が定める重要伝統的建造物群保存地区になっていて,昔からのまち並みが残っています。この3点から私が考えた仮説は,こういう風景というのは美しい風景を造りたいためにあるわけではなく,風を調整する機能がこの風景になっているのではないかということです。鉄とかコンクリートが使われていなかった頃から,秒速50mのすごく強烈な風から身を守らなくてはならないわけです。そして,平常時は暑くて風を入れたいんです。その矛盾した,風から身を守りたいけれど,風を入れたいというものを解決するために,この風景があるのではないかと最初の仮説をたて,調査に入ります。
実際に行ってみると日差しが強いところです。石垣があったり,ヒンプンと呼ばれる壁があったりしますが,そういうものを全部実測します。
実測するのは必ずお昼だけです。石垣の中にハブがいて,夜になると出てくるそうです(笑)。夜に実測しているとガブッと噛まれてしまうので,夜は道の真ん中を歩かなくてはならず,やることがありませんので,結局泡盛を飲みます。美味しいお酒は必須なんです(笑)。そのようにして,まずは全部実測します。
研究室に戻ってきて,コンピュータで三次元データ化し,モデル化していきます。そして,どのように風が流れるかシミュレーションしました。結果を単純にいうと,竹富島の形態は確かに風の調整機能がありました。強い風は屋根で蹴られて中に入ってこないけれど,弱い風は入ってくるような仕組みになっていました。色々と数値を変えてシミュレーションしてみました。例えば,塀の高さ,道の幅,木の配置,屋根の角度などを変えてみました。結局,どれを変えてもうまくいかないんです。石垣がいいとか,屋根の形状がいいとか,そういうことではなくて,道の幅,建物の大きさ,屋根の角度,塀の高さ,木の配置など全部がバランスした時に初めて,その風の調整機能がうまく行くということが分かるんです。
ですから,単に風景を守ればいいとかそういうことでは決してなくて,この風景になっている必然性というものが必ずあるんです。その必然性を探し当てることができると,未来においても,同じ材料ではないにしても,その場所のデザインができるかもしれません。
デザインをしろといわれた時に,いきなりスケッチを描き始めるのはきっとよくなくて,まずはその場所の論理という,先ほど申し上げたものを探して行くことが,デザインの始まりになるのだと思います。

今日,裾野のまちを歩いていたら水が多かったので,水に関する調査を紹介します。
先ほどの大分県の竹田です。
阿蘇山から流れてきた溶岩を,長い時間かけて雨が侵食しました。かなり高低差がある,日本で一番斜面が多い場所です。だからこそ,綺麗な棚田がたくさんある場所で,秋に行くととても美しい風景です。
斜面地なのでお米を作るのには色々苦労がありました。白水ダムという綺麗なダムが造られています。円形分水という水を分配する施設は,円筒状の側面に同じ大きさの穴を開け,水の量を正確に分けるための仕掛けです。これは,誰がデザインしたというわけではなくて,長い水争いの中で,こういうデザインが生み出されてきたんです。この地域では,肥後の石工さんたちがきて水路橋を造ったということがあったようです。こういうものは,この場所に特徴的なものですね。
この風景のメカニズムをまずは解明しようというのが,我々の思ったことです。水路,向こうでは井路といいますけど,井路の分析を始めました。
河原があって,小さなダムが造られていて,水を堰き止めて井路が造られています。幹線があって,支線があって,孫線があって田んぼに行くという,割と簡単なメカニズムです。それを,竹田市の全域で調査しました。結構な面積ですね。井路は地図に載っていないんです。川は載っていますけど。そこで,全部現地に行って調べます。学生たちと行くんですけど,山道に果敢に挑戦する学生がいて,すごく細い山道も登って行くんです。「きっとある」といって。で,脱輪しまして,崖に落ちそうになって,地元の方に電話して「助けてください」っていったりしながら,井路の場所を特定します(笑)。
特定した井路の流れを,棚田の分布に重ねます。井路は川の上流から,まず水をとります。水は高いところから低いところにしか流れませんので,川はずっと谷を流れて行きますが,井路は,川から取水して少しずつ流れ出し,いつの間にか尾根に出るんです。そうすると,自然の川は谷地を流れるんですけど,人工の井路はいつのまにか,山の天辺を流れることになります。そして,この山の天辺から,水をとって,棚田に水を配ります。稲刈りをやっている人はわかると思うんですけど,どこかで排水することも大事なので,それは,全部川に流します。そうすると,山の中に,二つの川があることになります。高いところの井路と,低いところの自然の川と。
幹線は水路橋で隣の山に水を配給していきます。手前で分線した支線は田んぼに水を配り,水路橋があるということはその下は川ですから,排水するときはその川に合流します。棚田の風景というのは,立体的な水を配給するシステムなんです。水を毛細血管のように配給できるシステムがあるからこそ,美しい棚田が生まれるということがわかりました。
なぜこういう調査をやったかというと,50平米くらいの公共トイレを設計するために,このような大掛かりな調査をやって,水がどういう風に流れるのかということを調べてみました。
最初は市長が来てテープカットをする予定だったんですけど,それだと面白くないので,トイレなのでトイレットペーパーをみんなで配って,みんなで千切りました(笑)。そういうことをやっています。

この写真は,裾野ですね。
私は数時間しか歩けていないですけど,裾野にはヒントがすごくたくさんあると思いました。この水路はすごく特徴的で,水量が多いというのが,私の印象です。すごく綺麗な水がたくさん流れているなと思いました。
この曲がった道というのも曲者です。近代の道というのは計画してしまうと真っ直ぐにしか行かないんです。曲がっている道というのは,なんらかの理由があるんですね。もともと川があったのか,もしくは小さな尾根だったのか。
例えば,東京の銀座に中央通りという目抜き通りがあるんですけど,微地形を見て行くと,あそこが微高地だったことがわかるんです。昔,まだ排水技術が高くないときに,道はやっぱり乾いていた方がいい。だからちょっとだけ,数十cmですが,本当にわずかな微高地に銀座の中央通りがあったんです。
それは昔の微地形を見ていけばわかるんですけど,曲がった道というのは,絶対なんらかの理由があるので,それを探して行くと,実は色々なヒントがあるんじゃないかなというのが,まず思ったことです。
後,この感じがすごく良くて,ここを行って,左に曲がると,お肉屋さんがあって,さっきコロッケを食べて来たんですけど,この感じがいいです。水路があって,ちょっとした歩道があって,広いところもあって,こういうところにベンチとか置いてあってカフェとかがあったら,すごく気持ちいいだろうなと思いながら歩いていました。
その水路はどこからどのように流れているのかとか,どこで分岐するのかとか,水源がどこかとか調べて行くだけで,結構裾野のまちが好きになるんじゃないかなと思いました。水の配置と,道の理由みたいなことが,考えるチャンスになるんじゃないでしょうか。


都市デザインの方法論「2.仕組みをつくる」

都市デザインをするときに重要なことの二つ目は,仕組みをつくる,ということです。これも結構大事です。
裾野でまだどういう仕組みを作ったらいいかはわからないんですが,山形県の金山では,すごく面白いことが行われています。
土木学会の最優秀デザイン賞をもらったりしていますが,何がすごいかというと,建物自体も面白いんですが,金山住宅という仕組みです。金山住宅には,多少意匠があって,地元の大工さんが造って,金山は杉が有名なので地元の木材を使うという条件が3つあります。審査して認められると,町役場から助成金が出ます。例えば,2000万円で家を建てます。それをハウスメーカーにお願いすると,2000万円がほぼまちの外に出て行きます。この辺だとどうですかね,名古屋とか東京とかですね。下請けの人が色々なところから集められるので,その人が使った2000万円はどこに行っちゃうか分かりません。この金山住宅でやっているのは,数十万円の呼び水で,2000万円が地元で還流するという仕組みです。経済効果があって,産業が生まれて,かつ,まち並みがある程度整備できます。
これそのものは,私はあまり関わっていなくて,林寛治さんという建築家が若い頃からずっとお手伝いされ,こういう状況を作っています。
では,裾野でどうするかというのは,ちょっとまだ私もわからなくて,材料なのか,作り方なのか,はたまたデザインをどういう方向にするのがいいのかというのは,きっとこれからなのでしょうけれど,割と住宅地が多いところでは,こういう政策的な誘導というのがうまく行くことが多いと,私は思います。


都市デザインの方法論「3.人の居場所をつくる」

三つ目の人の居場所をつくる,ということは,これは鉄則で,どのようにつくるかというのは結構センスがいるところです。
一つお話しすると,大槌という岩手県の沿岸部にあるまちで少しお手伝いをしていたんですけど,どうしても震災でダメージがあって,ここはたぶん,三陸の中では唯一,首町さんが被害にあわれてしまった。他のまちは大船渡でも釜石でも市長さんは残られているんですけれど,大槌は町長さんが被害にあわれてしまって,都市計画決定ができなくなってしまっていたんです。代理執行はできますが,難しい判断もあって大槌は復興が遅くなっていたんですね。
計画は計画としてつくっていくんですけど,まだ建築基準法上の建築制限がかかっていました。こういうところで私たちがお手伝いに入ったのは,屋台をつくるということなんです。屋台にはタイヤはありますが基礎がありませんから,建築物ではありません。まずは屋台をつくって,皆で使う場所をつくろうじゃないかということです。震災の後にご結婚されて,大槌のまちで自分たちのお店を出したいというご夫婦がいらっしゃって,この二人のために屋台をつくって,2011年の夏ごろだったと思うんですけど,このまちに初めて明かりが灯りました。それまでは電気も来ていないから,避難所から学校や職場に行って,帰ってくるとずっと真っ暗だったんですね。
これはまあ建築物ではないんですけど,明かりが灯って,そこで色々な人が集まって話ができるというのはすごく大事なことです。ローコストだし,なんの施設でもないけれど,こういう場所をつくることが,実は都市とか建築とかにとっては,割と本質的な話なのかなと,私は思っています。
こういう場所がどんどん増えて行くと,どんどん良いまちになって行くし,こういう場所をつくることが都市デザインなのかなと思います。

こういう場所がないかなと裾野のまちを歩いて探していたら,ありました,裾野で。
駅前にあるアムールという喫茶店なんですけど,すごくいい感じです。2時間くらい居たんですけど,すそのんが居ました。ママさん,店員さんがいらっしゃって,お客さんも結構,年配の方が多くて,入った時はずっとブラジャーの話をしていました。あんたはどういうブラジャーしているのっていうような話を延々と繰り返していて,その後は,あそこのなんとかさんがどうかっていうのをおばさんたちが話をしていて,その間に色々な人が来て,色々な話をして出て行くんですけど,すごく良い場所だなと思いました。
こういう場所があるというのはすごく素敵だから,駅前を区画整理しているとお聞きしたましたが,こういう場所がどんどん増えて行ったらいいなと思うんです。全国にあるようなお店が駅前に並んでしまったら残念じゃないですか。
空間のデザインがどうこうということよりも,お店の人たちの雰囲気とか,そこで交わされる会話とか,そういうものがすごく居心地が良くて,そういう場所は意識的につくることはできないかもしれないんですけど,そういうものが入って来やすいようなまちになって行くと良いのかなと思いました。
後,駅前のことで言えば,先ほども少しお話ししましたが,水路ですね。2mくらいの幅で,コンクリートの橋がかかっていたんですけど,あれもすごくいいなと。あのコンクリートの橋の風情がすごく好きですが,ああいうものは残せないだろうけれど,駅を降りたら本当の川があるってほとんどないですよね。駅降りたら川というと何かすごく素敵で,そこに屋台みたいなお店がちょこちょこあったりして,まちを歩いていると水路が流れているというのはすごく良い気がして,それは多分,裾野でしかできない特徴的なことなのかなと歩きながら思いました。


まとめ

まとめますと,私なりには都市デザインというとすごく難しいことのように思うんですけど,もう本当に単純な話かなと思います。
一つ目は場所の論理を探りあてるということで,裾野の場合は例えばそれが曲がった道,その曲がっているのはどうしてかということを考えることです。水路もあまり綺麗に整備しすぎる必要はないと個人的には思います。やりすぎてしまうとデザインはよくできているのかもしれないけれど,ちょっとよそ行きの感じがするじゃないですか。もうちょっと,この場所っぽい感じにした方が良いかなと思います。水路はすごく大事です。
あと,結構地形があるんですよね。今日は青いバス,ぐるぐる回っているバスに乗って来たんですけど,結構地形があるなと思いました。特に川に降りて行くにしたがって,かなり勾配がついているんですよ。あの地形の活かし方みたいなことを考えて行くと,それはこの裾野という場所の論理を探り当てることなのかなと思いました。

二つ目の仕組みをつくるというのはすごく大事かなと思います。
見ていて住宅地が多いと感じました。住宅は私有財産ですからコントロールかけられないし,かけるべきではないような気もしていてます。ただ,インセンティブをどうつくるかということですよね。金山住宅の場合は,それが住宅の住まい手にとっての補助という形で入って来てますし,結果的に産業創出になっていました。
金山は木材と大工さんですけど,この裾野の場合にどうやってまちづくりの仕組みをつくるかということが大事で,具体の形のデザインもそうですけど,そもそも仕組みをどういう風につくって行くのかなと。住宅という個人の財産で,一緒にまちを創っていきつつ,それが新しい産業となって行く仕組みができるといいのかなと思いました。

三つ目の人の居場所を作るというのは何となく既にできつつあるので,その価値を忘れないでいてほしいと思います。もし,ここにチェーン店ばかりが並んだら来る意味がなくなってしまいます。この場所なりの人の居場所というか,人の集まり方みたいなことを,それはアムールだけではなくて,きっと色々あると思うんです。何だったかな,スナック・・・,いい感じのスナックがあったんですよ。これは入ったら何が起こるんだろうという感じのスナックがあったんです。そういう場所を大事にしたらいいなと思うんです。
私は大体,3月の最後の一週間は,京都や愛知の常滑を訪れます。必ず,そのまちで一番古いスナックに連れて行ってくださいとお願いするんです。それは何でかというと,大体古いスナックだとオーナーの方が90歳くらいなんですよ。入ると数週間ぶりのお客さんみたいな感じで,おばあちゃん家に行った感じになるんですけど,色々な人がいて色々なまちのことを知っているんですよ。そういうところに来て会う人は,何となく色々な情感がある人が多くて,そういう人たちと話すのが,まちを理解することにつながるのかなと思います。
そういう意味で,そのような感じの居場所の作り方みたいなことを,多分それは行政がやるとすごくいやらしくなってしまうので,うまく後押しするような居場所の作り方みたいなものがあるんじゃないかなと思いました。

この三つが,私が考える都市デザインの方法論でして,それは先ほど申し上げた1960年代頃の,こういう形にしようとかとはまたちょっと違うと思います。でも,50年経ったからこそ,その頃の反省点を踏まえて,裾野であれば新しい裾野式の都市デザインのあり方,その方法論みたいなことをきちんと整理して,その裾野スタイルみたいなことを他の地域が真似して行くような,そういう方法論をちゃんと作って行くといいのではないかなと思いました。
今日,私は本当にまだ数時間しか歩いていませんので,色々間違っていることもあると思いますし,数時間見ただけでまちのことを語るのもおこがましいとは思いますが,よそ者から見た話題提供としてお話しさせていただきました。
ありがとうございました。

<終>

都市デザインを考えるセミナー > 第1回 都市デザインの新しい方法論

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